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犬の悪性中皮腫

症例は8歳のラブラドールレトリーバーです。

(初診)

数日前より下痢をしているとの主訴で来院されました。数日間の対症療法に反応せず、体調が戻らなかったため全身精査を実施しました。各種検査にて、心臓の周りの膜の中に血液が貯留してしまっている状態が見つかりました。心嚢水貯留(心タンポナーデ)です。レントゲン検査では心臓がまん丸に見えます。

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心嚢水貯留は心臓が圧迫されうまく拍動できず、血液を全身に送れない極めて危険な状態です。原因はなんであれまずはこの危険な状況を解除する必要があります。経皮的に心嚢水を抜けるだけ抜き、心膜を一部切開し、胸水へ逃がしていく処置をしました。

急を要するため翌日には画像診断施設を上診し、全身麻酔下でのCT検査および心嚢水抜去を行いました。結果としては、明らかな腫瘤はみつからず、特発性の心嚢水貯留、あるいは腫瘤をつくらない心膜中皮腫が考えられるとのことでした。

 

ひとまず元気や食欲は安定したため、心嚢水がどのくらいのペースでまた溜まっていくのか経過観察としました。

ここから約6ヶ月間たまに呼吸は荒くなるが心嚢水はごく軽度のみで安定していました。レントゲン所見も心陰影の拡大はなく、きれいに見えています。

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(半年後)

再度心嚢水が溜まりはじめ、夜寝れなくなっている状態になってきたため、外科的処置を実施しました。

治療および診断のために、心膜切除術を実施しました。心臓の周りにある心膜の中に水が溜まってしまい心臓の動きが悪くなり、状態が悪化してしまうため、心膜の一部を切除し胸水へ逃がしていくことを目的としています。あわせて切除した心膜を病理検査に供し、腫瘍性疾患がないかも確認していきます。

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心臓がフリーに動けるようになったのを確認し、出血がないことを確認し閉胸していきます。摘出した心膜の一部は肥厚している状態でした。明らかな腫瘤の形成は肉眼的にも認められませんでした。

術後は呼吸状態に注意しながら経過をみていきます。術後3日目には退院し、1週間経過したあたりから食欲も戻り回復していきました。

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病理検査の結果は中皮腫でした。犬での発生は比較的まれな、悪性腫瘍です。遠隔転移を起こすことは少ないですが、腫瘍の成長とともに胸水や腹水の貯留が重度になり状態が悪化していくことが予想されます。慎重に経過観察を行っていくこととなります。

 

本症例は再発予防を目的にカルボプラチンの血管内投与を計4回実施しましたが、手術から4か月後に胸水の貯留が認められはじめ呼吸が苦しくなってきました。胸水は溜まったら穿刺して抜き(多い時は2L近く)、以降はカルボプラチンを胸腔内へ投与していきました。

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胸水が重度に溜まると苦しくなりますが、治療して落ち着いてる間は比較的元気も食欲も維持され生活できていました。カルボプラチンの胸腔内投与は計9回実施しました。最終的には腫瘍による血液凝固不全(DIC)を起こし自宅にて永眠されました。

 

犬の中皮腫は予後は悪く数か月しか生きられない症例がほとんどですが、本症例は胸水のケアを飼い主様のお力添えとともに全力で実施したことで術後約1年2か月(発症から約1年9か月)という長い生存期間を得ることにつながったと思います。

獣医をしていて初めて中皮腫を正面から治療させていただいた貴重な症例です。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。

(彩り動物病院 スタッフ一同)